最新刊:覚せい剤取締法の政治学
─覚せい剤が合法的だった時代があった─
西川伸一・著 2018年、ロゴス、236頁 戦後直後、 |
【正誤のお知らせ】
3頁「柱」の「エピローグ ぜひ観てほしい!『ヤクザと憲法』」は誤りで、正しくは「プロローグ 観てはいけない!『実録・銀座警察』」でした(2018.10.12)。
225頁「参照映画一覧」の記載順(五十音順)で、『未成年 続・キューポラのある街』と『麻雀放浪記』は順番が逆でした(2019.6.23)。
書評 #13-3:『静岡新聞』「ミニ評」2019年3月10日付
書評 #13-2:評者・佐々木研一朗『明治大学広報』第722号(2018年12月1日)「本棚」欄
書評 #13-1:『琉球新報』2018年11月1日付
(『秋田魁新報』、『熊本日日新聞』、『新潟日報』2018年11月4日付、『京都新聞』、『愛媛新聞』11月11日付、『沖縄タイムス』11月13日付、『長崎新聞』11月18日付、および『神戸新聞』、『中国新聞』11月25日付にも同文が掲載)
目次
プロローグ 観てはいけない!『実録・私設銀座警察』
第1章 憂鬱からの逃走
第1節 「怪物」の甘美なささやき
第2節 覚せい剤合法時代の「逃走」点描
第2章 覚せい剤の薬効、表記法、そしてルーツ
第1節 覚せい剤とはなにか
第2節 覚せい剤と覚醒剤
第3章 覚せい剤の戦中と戦後
第1節 前線での必需品だった覚せい剤
第2節 覚せい剤の銃後
第3節 覚せい剤の戦後
第5章 覚せい剤取締法の成立
第1節 覚せい剤取締法案をめぐる衆議院質疑
第2節 覚せい剤取締法の議員立法としての特徴
第6章 二度改正された覚せい剤取締法
第1節 覚せい剤密造の広がり
第2節 二度の法改正による罰則強化
エピローグ ぜひ観てほしい!『ヤクザと憲法』
あとがき
図表・写真・引用資料一覧
参考文献/URL一覧
参照映画一覧
人名索引
事項索引
プロローグ──観てはいけない!『実録・私設銀座警察』
「しけたツラすんねえ、これ打ちゃな元気が出るぜ」
私はけっこう映画好きで、ジャンルにあまりこだわらずになんでも観ます。ネット上に掲載される映画評をあれこれ参考にしながら、次に観る映画を決めている時が至福のひとときです。そして、これまで観てきた映画の中で、「これは観てはいけない!」と私が「自信」をもっていえるのが、『実録・私設銀座警察』(1973)です。映画でやってはいけないことをすべてやってみせたとの「高い」評価もあります。
舞台は1946年の銀座界隈です。敗戦直後の混乱期に、いまでいう「反社会的勢力」が銀座に結集し、シマを取り仕切っていました。彼らの抗争をリアルに描いた映画といえば聞こえはいいのですが、目を背けたくなるシーンが次々に出て来てたじろいでしまいます。タイトルに「実録」と謳っているのは、「私設銀座警察」が実在していたからです。1950年3月9日付『読売新聞』夕刊にはそれを紹介する記事が出ています。
「銀座警察は終戦後のヤミ商売時代に暴利をむさぼるヤミ商人からおとしまいをとる目的ですべて本物の警察組織をまねて作つたもの〔略〕仕事はキヤバレー、劇場などの用心棒をつとめるほか日夜〝巡査〟を密行させて銀座マンの弱点をかぎ出し女関係、借金関係など見つけては高橋〝捜査主任〟が恐喝にまかり出るという仕組みになつていた」
準主役の元陸軍軍曹の渡会菊夫(渡瀬恒彦)を進駐軍の憲兵が追いかけ回すシーンがあります。連なる軒の裏に逃げた渡会を憲兵が捜すところで、エアコンの室外機がばっちり映っているのには笑わされます(DVD開巻後25分18秒)。渡会は「BAR KITTY」に裏から逃げ込みます。そこはのちに「私設銀座警察」とよばれる暴力グループが経営するバーでした。たむろしていたその幹部格の宇佐美義一(葉山良二)に、「しけたツラすんねえ、これ打ちゃな元気が出るぜ」と言われます。続けて、シャブ(覚せい剤)を打たれます(27分05秒)。その後シャブ漬けにされた渡会は、「私設銀座警察」に人殺しとして使われます。
覚せい剤はかつて合法薬物だった
ラストシーン。洗面所で、左腕の注射痕でどす黒くなった静脈にシャブの自己注射を試み、吐血しながらのたうち回って渡会は絶命します。ここでみせる渡瀬恒彦の圧巻の演技には度肝を抜かれました(1時間31分55秒以降)。その直後に「昭和23年9月14日 一人の人殺しがのたれ死んだ」と字幕が出ます。
昭和23年、すなわち1948年です。注意すべきは、渡会が「反社会的勢力」の一員だったから覚せい剤が身近にあったわけではない点です。当時、覚せい剤は合法的な薬物だったのです。1951年に覚せい剤取締法が制定されてようやく医療・研究以外の取り扱いが禁止された薬物となります。これを知った私は、この薬物をめぐる政治を調べてみたいとの好奇心を強く抱くようになりました。
というのも、国家に固有の作用を研究対象としている私は、薬物規制もまたそれに当たることに気付いたからです。
国家は薬物を取り締まってきました。人体に危険な薬物が蔓延すれば社会に甚大な害悪を及ぼし、ひいては国家存立の危機に至るのです。アヘン戦争という痛恨の記憶をもつ中国は、覚せい剤を厳しく規制しています。中国刑法第347条は覚せい剤などの薬物犯罪を罰しており、最高刑は死刑です。その中国で2016年10月20日午後に、大量の覚せい剤を売買した罪で日本人の男に対する死刑が執行されました。マレーシアの危険薬物法も同様に死刑を定めています。
さて、私はこれまでロゴスから次の2著を刊行しています。
『オーウェル『動物農場』の政治学』(2010)
『城山三郎『官僚たちの夏』の政治学』(2015)
いずれも小説の展開を追いながら、それらに出てくる言葉やシーンを、政治学と関連付けて深掘りしたりおし広げて説明したりしたものです。それを本書では、戦後直後の覚せい剤の蔓延から1950年代の覚せい剤取締法の制定と改正までの過程を素材に、行おうと思います。前2著と同様に相当の脱線もあります。「懲りないやつめ」とご笑覧いただければ幸いです。