城山三郎『官僚たちの夏』の政治学
─官僚制と政治のしくみ─
西川伸一・著 2015年、ロゴス、236頁 城山三郎のベストセラー小説『官僚たちの夏』のあらすじを追いながら、そこに出てくる政治的に含意のある言葉に着目して、日本の官僚制と政治のしくみを平易に解説する。官僚制も政治も実は身近なところにその種子がまかれている。その「気づき」を大切にする。 |
書評12-4:評者・大久保健晴『図書新聞』第3219号(2015年8月15日)
書評12-3:評者・木寺元『明治大学広報』第680号(2015年6月1日)「本棚」欄
書評12-2:『Kyodo Weekly』第17号(2015年4月27日)24頁・「書評・新刊紹介」欄
書評12-1:評者・栗原猛『埼玉新聞』2015年4月12日付「読書」欄
目次
第一章 人事カード
お役所の序列/「こら待て吉田」とキレた山中貞則/政務三役会議の設置と廃止/官房三課長/「調整」と「総合調整」/「国会待機」という「お荷物」/「もうやめてくれよ。俺だって早く帰りたいんだから」/法令審査委員会/牧順三の「大きな賭け」/片山泰介の「言い訳」/「トコロテン人事は、ぶっこわす」/ジェンダー・ギャップ指数一〇四位
第二章 大臣秘書官
「行政指導だけで業界をひっぱって行く」/行政手続法による行政指導の透明化/ノンキャリ組の幹部職員への登用/後妻の娘に先妻の名前をつけた池田勇人/大臣秘書官はつらいよ/「あの下品な装飾」議員バッジ/外局と原局/在外大使館の便宜供与/「仕事中毒の患者ばかりです」
第三章 対 立
「ダークホース」片山の周到な布石/角栄の超人的パフォーマンス/政治資金パーティの現場をのぞくと/天下りせず/「万邦無比」の予算制度/自民党の長期多角決済/短い時間軸で決断できた小泉首相/官僚指導経済という夢/TPP協定は「国益にかなう」のか/「男ならやってみな」/閉会中審査のため東京へとんぼ返り
第四章 登退庁ランプ
消費者行政のさきがけ/福田康夫首相の強い意欲/「数字は嘘をつかないが、嘘が数字をつくる」/ながーい法律名/「遊ぶ人」/いまも変わらない「超長時間労働」/「大臣、それでも、あなたは実力者なんですか」/ゴルフ好きな政治家たち/安倍首相のゴルフと毛沢東の水泳 126 /大臣の人事介入/「河野人事」/「通産省四人組事件」/幹部人事の一元管理へ向けたあゆみ/内閣人事局の発足
第五章 権限争議
共通の趣味を口実に使う/「全身がん政治家」与謝野馨/労働なきコーポラティズム/武藤山治の温情主義と大原孫三郎の人格向上主義/「これ以上アカにはならない」/徳球のことが好きだった吉田茂/権限争いと「総合調整」/池田総裁三選のためのカネづくり/「ロワー・リミット」決定の怪/「一般庶民はなにも知らなかった」/意趣返しと友敵理論 /「友愛」は「友・敵」にまさる/機密費の使い道/改憲「三分の二」要件と不可分な五五年体制/指定産業振興法案の廃案/趣旨説明・「つるし」・予備審査/「既成事実の威力」
第六章 春そして秋
日本中が熱狂した大阪万博/高度成長達成の「自己確認」/七〇年安保闘争という「陰画」/戦後初の赤字国債発行へ/赤字国債発行の「面倒くささ」/「赤字国債自動発行法」の成立/「面倒くささ」を回避しない/鮎川の過労死/なぜ日産プリンスというのか/エイジェンシー・スラック/葬式の政治学/派閥数は(M+1)に
第七章 冬また冬
「人間の評価は他人が決める」/日米繊維交渉/「糸で縄を買った」/夏にはじまり冬に終わる
あとがき
図表・写真一覧
参照・引用文献およびホームページ一覧
人名索引
事項索引
プロローグ──『官僚たちの夏』と私
私が勤務する学部には、専門演習という三・四年生が二学年を継続して履修する科目があります。要するにゼミナールのことです。ゼミに入った学生たちは、卒業論文を担当教員の指導の下に作成することになります。その入室試験(ゼミ試)は二年次の一一月下旬の土曜日に毎年度実施されます。ゼミ試に合格した新ゼミ生と彼らの先輩となる三年生に対して、私のゼミでは二月初旬にゼミ合宿を行っています。そこで私は、新ゼミ生に春休み中に読んでおいてほしい本のリストを示します。
毎回一〇冊ほどのリストを配布してきました。もう一五年以上続けていますが、毎回必ずリストアップしてきた本が一冊だけあります。それが、城山三郎『官僚たちの夏』です。官僚入門として絶好の小説で、一年生向けの政治学の授業を担当した場合にも欠かさず紹介してきました。
ところが、ほんとうに恥ずかしい限りなのですが、私がこの本を読んだのは、学生時代でも大学院生時代でもありません。なんと、いまの勤務先で専任講師となり、はじめて教壇に立った年でした。いかに不勉強で視野が狭かったかがわかります。新潮文庫となったその本の発行年をみると、一九八〇年とあります。私が大学に入った年です。その頃読んでいればと歯がみしてもはじまりません。
一九九三年五月三一日に、元通産事務次官の佐橋滋が亡くなりました。その死亡記事に「通産官僚を描いたベストセラー小説、城山三郎著『官僚たちの夏』で、主人公風越信吾のモデルになった」と書いてありました(同日付『朝日新聞』夕刊)。この記事を読んで、文庫本を買って読んでみたというわけです。いまその本を開くと、先の死亡記事の切り抜きに加えて、六月一日付『朝日新聞』「天声人語」が挟んでありました。そこには、佐橋の人となりが紹介されていて、彼の次の言葉が引かれています。
「官僚とは何が国のためになるかを常に考えている存在なんだ……そこを考えないやつは、組織への裏切りであり、使命感の放擲で、そんなへなちょこでは困るんだ」
国家への揺るぎない使命感に満ちあふれています。国家を背負うのは自分たちだという「国士型官僚」の典型といえましょう。その仕事ぶりを小説化した『官僚たちの夏』をヒントに、現代日本の官僚制や政治のしくみを学ぶためのいざないの書を書けないものか。こうした「たくらみ」からこの本は生まれました。いま改めて読み直してみると、同書にはそれらに関連するキーワードや人名がちりばめられていることに気づきます。読み飛ばしてしまうのはもったいない。あらすじを追いながら、これらの言葉の意味をおし広げて説明し、『官僚たちの夏』をより深く楽しむ一助となれば、と考えました。
あるいは、前著『オーウェル『動物農場』の政治学』(ロゴス、二〇一〇)の続編とお考えいただいてもけっこうです。はてさて、二匹目のどじょうが釣れますやら。
まったくの偶然ですが、佐橋の『日本への直言』(毎日新聞社、一九七二)を古本で買い求めたところ、佐橋のサイン入りでした(図表・写真1)。黄泉の国から彼が励ましてくれているようです。