裁判官幹部人事の研究
「経歴的資源」を手がかりとして

裁判官幹部人事の研究「経歴的資源」を手がかりとして

2010年、五月書房、A5判364頁 

幹部裁判官の人事システムの解明から、わが国の官僚制的司法の特徴を剔出

内容説明
 裁判官の最大の関心事は、"人事" !?
 憲法の保障する裁判官の独立はどこへいってしまったのか?
戦後日本の1000人を超える幹部裁判官のキャリアパスを徹底分析し、裁判官人事の密室の扉を開く!

・東京高裁長官の歴代就任者の三分の二ちかくが最高裁裁判官に
・高松高裁長官から最高裁裁判官への就任者はゼロ
・東京地裁所長の歴代就任者はほぼ東大出身者が占める
幹部ポスト歴代就任者の経歴とその後の栄進を相互比較し、司法界の人事実態をあぶり出し、憲法が謳う「裁判官の独立」とは裏腹な司法官僚制人事システムの弊害を提起する。

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目次

序 章 裁判官幹部人事に注目する
 第1節 なにが問題なのか
 第2節 どのようにして問題に切りこむのか

第1章 最高裁判官人事
 第1節 最高裁長官
 第2節 最高裁判事

第2章 高裁長官人事
 第1節 全体的傾向
 第2節 重複就任関係にみる高裁間序列
 第3節 高裁事務局長人事

第3章 最高裁事務総局幹部人事
 第1節 全体的傾向
 第2節 重複就任関係にみる局長間序列
 第3節 事務総長・司法研修所長人事

第4章 地家裁所長人事の全国的傾向
 第1節 経歴的資源の累積分析
 第2節 経歴的資源の比較分析

第5章 東京高裁管内の地家裁所長人事
 第1節 経歴的資源
 第2節 重複就任関係
 第3節 他管内定着者就任状況

第6章 大阪高裁管内の地家裁所長人事
 第1節 経歴的資源
 第2節 重複就任関係
 第3節 他管内定着者就任状況

第7章 名古屋・広島・福岡各高裁管内の地家裁所長人事
 第1節 名古屋高裁管内の地家裁所長人事
 第2節 広島高裁管内の地家裁所長人事
 第3節 福岡高裁管内の地家裁所長人事

第8章 仙台・札幌・高松各高裁管内の地家裁所長人事
 第1節 仙台高裁管内の地家裁所長人事
 第2節 札幌高裁管内の地家裁所長人事
 第3節 高松高裁管内の地家裁所長人事

第9章 判検交流人事のケーススタディ
 第1節 判検交流と法務省民事局長
 第2節 内閣法制局参事官

終章 裁判官をプロフェッションに

基礎資料一覧
 A 最高裁判官関係
 B 高裁長官関係
 C 高裁事務局長関係
 D 最高裁事務総局幹部関係
 E 東京高裁管内地家裁所長関係
 F 大阪高裁管内地家裁所長関係
 G 名古屋高裁管内地家裁所長関係
 H 広島高裁管内地家裁所長関係
 I 福岡高裁管内地家裁所長関係
 J 仙台高裁管内地家裁所長関係
 K 札幌高裁管内地家裁所長関係
 L 高松高裁管内地家裁所長関係
 M 内閣法制局参事官関係

異動の追記

英文要旨(Summary in English)

あとがき

表一覧

引用・参考文献

索引

誤り箇所の訂正とお詫び:
 (1)161頁10行目に誤りがありました。
   (誤)一九七八・一〇浦和家裁所長
     ↓
   (正)一九七九・一〇浦和家裁所長
(2)228頁基礎資料A16・No.6奥田昌道に誤りがありました。
   (誤)前職・京大教授
     ↓
   (正)前職・鈴鹿国際大学教授
 訂正のうえお詫びいたします。(2010年12月刊の第2刷では直してあります。)
重ねて誤り箇所のご指摘をいただきました。
(3)24頁2行目
   (誤)教官として勤務経験
     ↓
   (正)教官としての勤務経験
(4)36頁後ろから10行目
   (誤)基礎資料D17
     ↓
   (正)基礎資料D1
(5)62頁7行目
   (誤)注番号(2)
     ↓
   (正)注番号(2)をトル

要旨 #8-1:日本語

1.なぜ裁判官幹部人事に注目するのか
 政治学、とりわけ国家論の分析対象として裁判所を取り上げることは、これまでほとんどなされてこなかった。裁判所はもっぱら法社会学の研究領域と考えられてきたきらいがあり、政治学の問題関心からはほど遠かった。しかし考えてみれば、裁判は国家に本質的かつ固有の制度的作用である。国家のみが裁判を通じて、人を合法的に死に追いやることができる。それゆえ、裁判所は現代国家の実体を政治的に解明する上で、逸することができないテーマなのではなかろうか。本書はこうした問題意識に立って、現代国家分析のいわばミッシング・リンクを埋める作業を目指すものである。
 裁判所に随伴する諸現象のうちでも、本書はわが国の裁判官幹部人事に注目する。この研究を通じて、わが国の裁判所においては、憲法で保障されている裁判官の独立とは裏腹に、裁判官に格付けと出世を意識させる人事管理が制度化されていることを実証的に明らかにする。言い換えれば、行政における官僚機構と同じ生理と病理をわが国の裁判所が抱えている現状を解剖していく。

2.いかなる手法で分析するのか
 その際の分析手法として、本書では「経歴的資源」という仮説的概念を用いる。それは「将来のステップアップに有用と期待される経歴や過去の地位」と暫定的に定義される。
たとえば、ポストA の歴代就任者の多くが、その後より高位のポストB に就いているとすれば、ポストA はポストB 到達の「経歴的資源」として有用であると判定できる。裁判官幹部ポストそれぞれの歴代就任者の「経歴的資源」を累積すれば、当該ポストには出身大学からはじまっていかなる「経歴的資源」を積み上げた者が着任する傾向にあるかを、特定できるはずである。この作業を通して、裁判官幹部ポスト各々へ至る特定のキャリアパスが析出され、ひいては個々のポストがどの程度の軽重を備えたものかが浮かび上がることになる。一例として、同じ高裁長官でも、東京高裁長官と高松高裁長官とでは、歴代就2任者の「経歴的資源」の傾向はまったく異なるし、それは両ポストの格の違いを示していよう。
 本書でこのような検討を加える具体的な幹部ポストは、最高裁裁判官(職業裁判官の指定席として6ポスト)、高裁長官(8ポスト)、高裁事務局長(8ポスト)、事務総局幹部(8ポスト)、司法研修所長(1ポスト)、地家裁所長(76ポスト)、法務省民事局長(1ポスト)および内閣法制局参事官(裁判官が出向する指定席2ポスト)の合計110 ポストである。これらの幹部ポストの一つ一つにつき、歴代就任者と彼らの「経歴的資源」を調査し、それらを累積する。これにより、それぞれのポストが有する司法行政上の「個性」が導き出され、裁判官に格付けと出世を意識させる人事管理が制度化されている実態が把握されよう。

3.最高裁裁判官へのキャリアパス
 職業裁判官が最高裁裁判官になるには、それ以前に高裁長官を務めたという「経歴的資源」を必須とする。より具体的には、「経歴的資源」として最高裁入りに有意なポストは東京高裁長官と大阪高裁長官なのである。彼らの過去をさらに遡ってみていくと、東京高裁管内の地家裁所長の勤務経験があり、さらにそれ以前には最高裁事務総局の局長を務めている場合が多い。他のポストまで視野を広げれば、職業裁判官出身者で最高裁裁判官に就いた者はほぼ全員が、事務総局事務総長、司法研修所長、最高裁首席調査官、および法務省民事局長のいずれか一つのポストを必ず経由している。要するに、これら四つのチェックポイントで判別される、最高裁裁判官への四つの出世コースが存在しているのである。
 学歴では4 分の3 以上を東大出身者が占めている。

4.高裁長官へのキャリアパス
 高裁長官歴代就任者の「経歴的資源」を累積分析すると、最高裁事務総局での勤務経験や判検交流など行政府省への出向経験を有する者が高裁長官への有資格者になっていることがわかる。裁判所では出世とみなされるこれらの経験がなく、高裁長官に就いた者は15%ほどでしかない。加えて、高裁長官に進むには地家裁所長経験を不可欠とするが、それは東京高裁管内の所長でないと高裁長官への「経歴的資源」としてはきわめて弱い。高裁長官就任者の約7 割が3東京高裁管内の所長に就いているのである。一方、学歴では約85%の就任者が、東大あるいは京大の出身であった。
 とりわけ東京高裁長官は別格であり、歴代就任者全員が東大か京大を卒業し、その後ほぼ全員が事務総局で司法行政経験を積み、事務総局の局長ないしは司法研修所長に至っていた。こうした「経歴的資源」を東京高裁長官ポストは必須とするのである。しかも、他の高裁長官ポストを経験しないで東京高裁長官にいきなり就いた者は3 割弱にすぎず、7割強はすでに他の高裁で長官経験をもつ者だった。東京高裁長官になるには、他の高裁長官就任という「経歴的資源」が尊重されるのだ。対照的に、仙台、札幌、高松の各高裁長官は歴代就任者全員が高裁長官としては初任の者が就いていた。ここに高裁間序列が読み取れる。

5.事務総局幹部の「経歴的資源」
 最高裁事務総局事務総長には、事務総局の局長を経験しその後東京高裁管内の地家裁所長を務めた者が着任している。そして、事務総長は高裁長官および最高裁裁判官への確定的な「経歴的資源」となる。
 一方、事務総局の局長についてみると、9割近くが東大あるいは京大出身者で、なおかつ事務総局の勤務経験者である。すなわち、局長ポストはほぼ同質的なエリート司法官僚よって占められている。局長ポストは六つあるが、とりわけ注目すべきは人事局長である。全員が東大あるいは京大出身および事務総局勤務という「経歴的資源」をもっている。司法行政のベスト・アンド・ブライティストを集めた観がある。そして人事局長を務めた者は、その後東京高裁管内の地家裁所長を経て事務総長か司法研修所長となり、全員が高裁長官に至るのである。

6.地家裁所長76 ポストの「個性」
 全国に76 ある地家裁は、地理的に八つの高裁管轄区域に分けて管轄されている。そこでまず、各地家裁所長ポストの歴代就任者の「経歴的資源」を高裁管轄区域ごとに累積したところ、東京高裁管内の地家裁所長ポストの別格性が顕著であった。東京高裁管内の地家裁所長歴代就任者の半分前後が、東大出身であると同時に事務総局での勤務を経験していたのである。これは他の7 高裁管内に比べて圧倒的な偏りといえる。それは東京高裁管内所長経験者の相対的に4高い高裁長官到達率に通じている。大阪高裁管内もそれに近い到達率になっている。逆にいえば、東京および大阪高裁管内以外の所長ポストは高裁長官への「経歴的資源」とはほとんどならないのである。
 次に、地家裁所長ポスト個々の吟味に移れば、東京地裁、東京家裁、および横浜地裁の3 所長は「三強」所長と位置づけられた。これらポストの歴代就任者の「経歴的資源」を累積すると、その就任者の7 割以上が東大ないし京大出身で、同時に事務総局勤務経験のある司法官僚であった。就任者のこの「同質性」は東京高裁管内はもとより、全国の地家裁所長ポストの中でも抜きんでている。
 そして、「三強」所長のいずれかを務めると、直後に必ず高裁長官に昇進する。つまり、このポストは高裁長官への明確な「経歴的資源」になるのである。同様の検討を東京高裁管内の他の地家裁所長ポストについても行うと、「三強」に準じるのが南関東の地裁所長であり、さらに北関東の地裁所長、静岡・長野・新潟の地裁所長という序列であった。管内家裁所長の序列もこれにほぼ準じていた。
 他の7高裁管内の地家裁所長ポストについては、次のような「個性」が確認できた。第一に、高裁所在地の地裁所長ポストはいずれの高裁管轄区域でも優越した存在であることが確認できた。すなわち、高裁所在地の地裁所長ポストに所長未経験者が就くことは例外的であって、すでに他の地家裁で所長経験のある者が着任するという不文の掟が導き出された。ただし、エリート司法官僚の牙城である東京地裁所長、および東京高裁管内と人事が連動している札幌地裁所長とは異なり、残る六つの高裁所在地の地裁所長には、事務総局勤務に縁のない実務裁判官がその座を占めている。これら6高裁管内では、高裁所在地の地裁所長ポストは、実務裁判官の最終栄達ポストとみなしてよい。
 第二に、高裁所在地以外の地家裁所長への就任パターンには、主に二つの傾向が指摘できる。事務総局勤務経験のある司法官僚が所長経歴をつけさらに栄位に達するための踏み石として就く場合と、実務裁判官が定年間際になって所長経歴の箔を付けるために就任する場合である。
札幌高裁管内では前者の傾向が、非高裁所在地の家裁所長専任庁では後者の傾向が強い。
 このように、一口に地家裁所長といっても、司法行政上の「個性」はポストによって大きく異なるのである。
 ところで、裁判官は任官して20年足らずで、全国のいずれかの高裁管轄区域に「定着」し、それ以降、異動は「定着」した高裁管内に基本的には限られることになる。それぞれの地家裁所長ポストにはどの管内に「定着」した裁判官が就く傾向にあるのか。それを確認していくと、全国の地家裁所長ポストは東京高裁管内=「宗主国」─大阪高裁管内=「準宗主国」─他の高裁管内=「植民地」 という垂直的統合の下に置かれている構図が如実に表れた。
 というのも、東京および大阪高裁管内に「定着」した者が、自身の「定着」した高裁管内にとどまらず、他高裁管内の地家裁所長ポストにも多く就いて
るのである。逆にいえば、東京および大阪以外の高裁管轄区域に「定着」した場合、地家裁所長ポストに到達するのはかなり困難だと考えざるを得ない。とりわけ、山形地・家裁、徳島地・家裁、そして松山地裁では、その歴代所長就任者のうち、当該高裁管内に「定着」した者はそれぞれ一人しかいない。
 地家裁所長ポストについて、全国的には「宗主国」─「準宗主国」─「植民地」という8高裁管内のヒエラルヒーが、高裁管内ごとには高裁所在地の地裁所長を頂点としたヒエラルヒーが確立されている。これらは司法行政の観点からは合理的ではあろうが、現場の裁判官に常に出世を意識させ、ひいては裁判官の独立に微妙な影響を及ぼすことは否定できまい。

7.裁判官をプロフェッションに
 裁判官の司法行政上の幹部ポストへの登用はなにを根拠に決まるのか。それについて、「経歴的資源」という客観的で定量化可能なデータだけを用いて、どれだけ確定的なことが指摘できるか。これに挑んだのが本書である。
 その結果、裁判官幹部ポストは同じ審級であっても、事実上序列化され、「個性」も特定されていることがはっきりした。言い換えれば、裁判官幹部人事には官僚制的な階層的秩序が堅牢なまでに形成されているのである。特定の出世のパターンが確立され、このポストに就いたからには次はあのポストへ、さらにその次には、と栄達を意識させる誘因がそこにはある。
 これは司法行政官庁として裁判所を運営していくにはすぐれた組織のあり方ではあろう。しかし、プロフェッション(高度の知的専門職)としての裁判官のあるべき姿からは遠い現実といわざるを得ない。裁判官のあり方をプロフェッションに回復させるためには、自らの出世を最大の行動動機にさせない人事制度を構築する必要がある。そのための提言は様々になされている。本書がそれに一石を投じることができればと願っている。

裁判官幹部人事の研究:要旨
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要旨 #8-2:Summary in English

裁判官幹部人事の研究:Summary in English
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書評 #8-7:評者・石田京子「2010年学界回顧 司法問題」『法律時報』第82巻第13号
     (2010年12月)334頁

要旨 #8-6:評者・馬場健一『明治大学社会科学研究所紀要』第49巻第2号
     (2011年3月) 441-445頁

馬場健一・書評
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書評 #8-5:西島和「「官僚的な階層秩序」を分析」
     『新潟日報』2011年3月20日「にいがたの一冊」欄

書評 #8-4:評者・小山田朋子『政経フォーラム』(明治大学政治経済学部)第30号
     (2011)59-60頁

小山田朋子・書評
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書評 #8-3:評者・山口進・宮地ゆう〔2011〕『最高裁の暗闘』朝日新書、ⅹⅴⅱ頁

「戦後日本の幹部裁判官がどのような経歴を辿って出世していったか、1000人 以上にわたって調べた労作というか、おそろしくマニアックな本だ。著者は、時刻表をひもといて夢の世界を旅する鉄道ファンのように、無機質な文字・数字の羅列である裁判官の人事情報から官僚司法の特徴を描き出そうと試みている。」

書評 #8-2:『週刊金曜日』2010年11月5日号「本箱」欄(平井康嗣選)、44頁

書評 #8-1:自著を語る:裁判官幹部人事の研究──「経歴的資源」を手がかりとして

「ちきゅう座」http://chikyuza.net/n/archives/3826

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